みなさまご無沙汰しております
by kyoncci
カテゴリ:関西よもやま話( 36 )
永遠の謎・北条石仏群その1
母が昔フィルムカメラをやっていた、ということはお話したことがありますがが、彼女が好む被写体は私とはぜんぜん違っていて「祭り」「町並み」そして「石仏」でした。
私もカメラを始めて5年ほど経ち、「祭り」や「町並み」は撮るようになったものの、「石仏」だけはなかなか食指が動かなかったのです。
それでもようやく?そういうものを撮ってもいいかな?と思える年代になってきましたので、思い切って母がよく行っていた兵庫県加西市北条にある五百羅漢を撮りに行ってきました。

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実はここに来たのは3度目です。
一回目は母の付き添い?(というか運転手をやらされてました(^_^;))、2回目は友人とこの近くにある「いこいの村はりま」という施設に泊まったときについでに。
どちらもまだ大学生のころで、正直石仏などにはまったく興味がありませんでした・・・・

今回久しぶり(30年ぶり?)に訪れてみて・・・・
うーん、いいですね~~

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北条駅から徒歩10分ほどにある、のどかな田園風景のなかに溶け込んだ「羅漢寺」の境内に454体の石仏が・・・・
それだけでもすごいのに、ひとつとして同じ顔のものがありません。

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昔から「親が見たけりゃ北条の西の五百羅漢の堂に御座れ」とうたわれ、面貌の異なる石仏の中には必ず親や子供に似た顔があるといわれています。
また石仏には↑のようにちょっと凝ったものもあります。

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それでも大部分はノミの削り跡も判るくらい、素朴で単純なものが多い。
でもだからこそ、本当に作った人の思いが感じられる石仏です。

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一体誰が、何のために彫ったのか・・・・まったく判らないのです。
制作年代についてはほぼ、慶長年間(1596~1614)頃の制作と考えられている様ですが、作者がひとりだったのか数人だったのか?
おそらく何かの供養のために彫ったのであろうけれど、何のためなのか?資料がまったく残っていません。

ちなみに慶長元年 二十六聖人の殉教事件
      3年 豊臣秀吉死去
      5年 細川ガラシャ死去
         関が原の戦い
      8年 徳川家康、征夷大将軍に任ぜられる、江戸幕府を開く。
      9年 慶長の大地震起こる、犬吠崎から九州までの沿岸で津波被害。
          畿内で痘瘡・麻疹が大流行
      10年 八丈島・浅間山が大噴火
         徳川秀忠2代将軍になる
      19年  方広寺鐘銘事件 - 大坂冬の陣はじまる
      20年 大阪夏の陣、豊臣氏滅亡。
         高山右近死去、古田織部切腹。

支配者も価値基準もまったく変わりつつあった時代、地震も噴火も津波も起こり、人心は不安におののいていたことでしょう・・・

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それにしても、この石仏たちのお顔はどうみても普通の日本人には見えません。
鼻梁が高く、眼もすっきりと切れ長、大陸方面の顔のように私には思えます。
加西のほかのお寺なのですが、背中に十字(クルス)を背負った石仏が見つかっており、隠れキリシタンとの関連も伺えます。

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中にはこんなひょうきん?なお顔の仏も・・・
眼の大きい方がモデルだったのでしょうか?
二重まぶたの方だったみたいですね~

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子供さんがモデルだったのでしょうか?
愛らしい、でも何か物思いにふけっているような・・・・
石仏たちは何も語ってはくれません、でも私たちは各々心の中で彼らに問いかけつづけます・・・

次回も北条の石仏群です。
可愛い?お客さまが来てくれました♪
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by kyoncci | 2010-08-05 06:09 | 関西よもやま話
大変申し訳ありませんが、数日更新を中止いたします<(_ _)>
現在千葉の家におります。
仕事のほうもかなり楽になって、ようやく写真を撮れる!と楽しみにしていたのですが・・・・
千葉へ戻って3日目の夜、私のノートPC(レッツノート)がエンコして立ちあがらなくなってしまいました。
このPCは去年春に買ったもので大変優秀なのですが、実は前から気になっていたことがあったのです。
昨年10月にカメラを買い換えました(40D→7D)。画素数は一挙に増えました(1000面画素→1800万画素)。その頃から写真の現像を行うと、ときどきふっと画面がブラックアウトしてしまうことがあったのです。
直感で「あっこれはRAWファイルの容量が大きすぎて、処理が出来ないのだ」と思いましたので、それ以降RAWの設定をL→Mにして、現像も一度に大量にやらないように努めてきました。(そのためブログの更新がかなり遅れることがありました)

この日もわずか10枚ほどですけどシルキーピクスでRAW現像をやりました。
先週出かけた兵庫県網干にある綾瀬梅園(海が見える梅園、として関西ではとても有名です)の写真を現像して大阪城の次の記事にするためでした。もうほとんど現像は終っていました。
今回は5枚ほど処理したあと、またブラックアウトしました。
そのあと・・・・立ち上がらなくなったのです。
大変幸運なことに、1日くらいPCを切って放置しておくとちゃんと元に戻っておりました。
でもまたこういうことがあってはいけないと、大容量のファイルをいじる作業(画像ソフトでの処理・ビデオ処理など)は止めておこうと思います。

西宮の家には代替機(Vistaノート>次男が7を買ったため余っている)がありますので、とりあえず戻ればそれにシルキーを入れて処理しようと思っております。
また現在使っているレッツノートは月曜から点検に出すことにしました。かなり酷使してしまっているので。
それにしてもやっぱりノートPCでRAW現像の作業するということは、かなり苦しいのだなぁ、と思います。
早急にデスクトップ型PCを購入することを検討中です。

せっかく綾瀬梅林撮ったのに・・・・(梅は終りかけといえ、とても素敵な公園でした♪)
おそらくPC環境が整った頃には桜も終りかけの時期でしょう。
残念でならないのですが、どうぞお許しください。
コメントのお返しが大変遅れてしまったこと、すみません<(_ _)>
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by kyoncci | 2010-03-25 07:58 | 関西よもやま話
世界食・インスタントラーメンの世界・その3
またまた更新が遅れてしまって申し訳ありません<(_ _)>
ようやく大阪府池田市のインスタントラーメン発明記念館から、最終回をお届けいたします。

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ここではなんと!インスタントラーメンを自分で作る、という体験教室が常時行われています。
チキンラーメン手作り体験工房
ご希望の日の3か月前から予約を受け付けていますが、別に子供さんづれでなく大人だけでもOKです♪
ちょうど私たちが体験教室に行った時は「1、手でこねる」「2、麺棒で延ばす」の行程はもう終っていました・・・写真だけですみません。

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製麺機に食パンくらいの厚さにしたかたまりを入れて麺にしています。
麺の太さは0,7~0,8mmくらいになります。
これは安藤百福さんが使っていたのと同じ型、昭和33年の発売前の数年間、彼はひたすらこの機械で色々な麺を作りつづけていたのです。


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麺の長さは約20センチ、重さは100gです。

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麺に縮れを付けるため、軽く握ってそのあとさばくそうです。

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専用のざるに入れて、蒸します♪

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私たちが見た時は、大多数のグループがこの作業中。
大人も子供もうんうん言いながら「自分らしいパッケージ」を描いていました♪
蒸しあがった麺にはゴマ油をかけてほぐし、そのあと味付けをします。
そして日清食品が誇る「瞬間油熱乾燥法」、160度の高温でからっと揚げ感想させるそうです。

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こうして「私が作った私だけのラーメン」が完成!!楽しそうですねぇ~
次回はぜひ私もやってみたいです(*^^)v

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発明記念館内部には、日清食品がこれまでに売りだしたすべてのラーメンが展示されています。
チキンラーメン・カップラーメンと並んで人気だったのが「出前一丁」!
前者2種類は比較的マイルドな味なのに、こちらはゴマ油の香りが高くラー油も添えられていました。

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実は香港で一番売れているのが、この「出前一丁」だそうです。
日本ではなじみのない「海老味」や「サテー味」のほか「テリヤキ味(何故か?神戸味として発売)や「サッポロ味(味噌味?)などもあるそうですよ~このサイトを参照のこと。

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現在の日清食品のラーメンを代表するラベルとしては、2000年発売の「ご当店ご本人」シリーズでしょう。
札幌すみれみそ・博多一風堂赤丸新味・山頭火とんこつ塩など・・・・
その頃から町のほっとステーションとして無くてはならなくなったコンビエンスストアで特別に売られていたものもあるそうです。
確かになぁ。。。不味いラーメン屋のラーメンより、こういうもののほうがはるかに美味しいかも♪

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最後に発明記念館の売店で、息子たちへのお土産ラーメンを買いました(*^^)v
びっくりしたのは、チキンラーメンのキャラクターたちのぬいぐるみが売っていて、みんなちゃんと名前が付いてたんですね!!まったく知りませんでした(恥)
私は「ひよこちゃん」が胸にプリントされた、エプロンを買って帰りました(*^_^*)

ようやく・ようやく、梅を撮りに行きました!!
現在現像中です。
次回は久しぶりに、ちゃんとした?写真をUP出来そうです・・・
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by kyoncci | 2010-03-07 23:29 | 関西よもやま話
世界食・インスタントラーメンの世界・その2
更新が遅れてしまって、すみません。
相変わらずまったく写真を撮りに行く時間が無くて、困り果てております・・・・
というわけで前回にひきつづき、大阪府池田市にあります「インスタントラーメン発明記念館」より。

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記念館の壁一面にあ、日清食品がこれまでに発売してきたラーメンその他の実物が貼ってあります。
とにかく始まりは↑、1958年8月25日に発売されたチキンラーメン。
これがすべての「原点」でした。

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↑のふたつは、まったく覚えがありません・・・(どなたか食べたことある方いらっしゃいますか?)
和風チキンラーメンとチキンラーメンプラスカレーです♪
このサイトには「袋めん」の歴史がつづられているのですが。
どうやら1960年ごろから、日清食品と同様の袋づめ乾麵を扱う会社がどーっと増えたようですね。
東洋水産・明星食品・マルタイ・徳島製粉・・・・今でもバリバリの現役ばかりです。
その中でもチキンラーメンに次いで私が好きだったのは、エースコックのワンタンメン。
チキンラーメンより作るのに手間がかかりましたが(鍋に入れて煮ないとダメ)、ほんの申し訳程度に入ってるうすーいワンタンがなんとも・・・・(>_<)
お味もチキンラーメンのようなインパクトのあるものではなく、ぼんやり~と美味しい(特に病気の時は嬉しい)ラーメンでした♪

そういうこともあって、インスタントラーメンの世界は「群雄割拠」に入るかと思いました。
そんな中、本家本元の日清食品が打ち出した大発明!!それは・・・

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世界初、カップラーメンの登場でした。(1971年)
チキンラーメンの時は「うどん玉6円に対して35円は高い」と卸売から猛反発がありましたが
今回は「35円のチキンラーメンに比べて100円も高い!」とブーイングの嵐だったそうです。
100円くらい・・・・とお若いかたは思われるでしょうけれど、当時の100円は本当に貴重でした。

販売ルートも閉ざされ、困り果てた安藤氏はその頃始まった歩行者天国に目を付けました。
闊歩する若者はGパン(死語)やミニスカートにTシャツ姿、新しいやり方にすぐに慣れてくれたようです。
ところが・・・・やっぱり「外で食べるなんて」「立ったまま食べるのはお行儀が悪い」という方も多数いらっしゃって、営業は苦労されたようです。
(安藤氏は欧米に売り込みに行ったときに、外国のみなさんが長いフォークを突き刺してヌードルとして食べているのを見て「必ず世界に広がる」と確信したそうですが)

その後、とある事件をきっかけにカップヌードルは爆発的に売れることになります。それは・・・

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1972年2月に起ったあさま山荘事件でした!(写真は文芸春秋社のサイトからとらせていただいております)
カップヌードル発売から5ヶ月後のことです。
連合赤軍の五人が長野県軽井沢町のあさま山荘に逃げ込み、管理人の妻を人質に立てこもったのです。警察は千百人を動員して包囲しましたが、ライフル銃で武装した犯人はここに籠城して一週間以上膠着状態が続きました。
零下15度にもなる現地に警察官の食料を届けてもすぐに凍りつき(弁当など)食べることが出来ません。いつ突入があるかもしれない状況で、すぐに食べられて・暖かく・栄養価も高い食品として白羽の矢が立ったのがカップヌードルでした。
私は当時中学1年、毎日家に帰ると同時に祖母に「事件どうなった?」と聞くのが日課でした(笑)
全国民が息を飲みつつ見つめるブラウン管の中で、実に美味そうに!!ラーメンをすする警察官さんたちが写りました。
そのおかげで、あれだけ抵抗があったのにもかかわらず、それ以後は爆発的に売れるようになります。

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こうして、袋詰めラーメンとは全く違う系列が生まれたのです・・・・

そして現代ではむしろこちらの方が主流なのではないでしょうか?
(少なくとも我が家では、私が居ないときの代替メシとして使用されているようです(>_<)
買い置きできて、お湯をかけてすぐ食べられて、容器を洗う必要もない。こんなに便利なものが他にあるでしょうか?)

そしてインスタントラーメン→カップラーメンは更なる進化を遂げます。
それが・・・

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ジャーン!!宇宙食スペース・ラム(ラーメン)です。
スペースシャトルや宇宙ステーションの中で長期滞在しながら作業を続ける宇宙飛行士さんの健康を支え、かつ楽しく食事ができるようにとさまざまな工夫が凝らされていますが
特にラーメンというのはアジア系の人々にとってはたとえようもないほどホッと出来る食品のようです。(ちなみに私は17歳のときにイギリスの片田舎に1ヶ月いたことがあるのですが、不味い料理と不慣れな香辛料でまったく食事が喉を通らず、5キロ痩せました。そのとき死ななかったのは、町に一軒だけあった中華料理屋で時々ラーメンをすすってたからだと確信しています(>_<)麺は伸びて悲惨なものでしたが、少なくとも懐かしい味でした!)

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実際にスペースシャトル内でスペースラムを食する、野口総一宇宙飛行士。
この「宇宙ラーメン」とも呼ばれるスペース・ラムはカップヌードルをベースとしていますが、一般に食べられているカップ麺とは少々異なり、袋の中に摂氏約70度と低温の湯で柔らかくなる(宇宙では沸騰しない)円筒状にまとめられた麺3塊が入っており、これに湯を注入、所定時間置いてから袋を破って円筒状になった麺をフォークや箸て食べるそうです。なおスープは少量で麺にまぶす程度しかありませんが(飛び散るので)、満足感を増すためにやや香辛料を効かせた味となっているそうです。

さて、当館では奥に「最新の日清食品のカップラーメン」を食べることが出来る、テイスティングルームがあります。

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そこで、主人は「行列のできるラーメン新潟」・私は「ポークチャウダーヌードル」を食べました♪
どっちも美味しかったけど・・・・・
「新潟」のほうは、もう本当に「これ、本物のラーメンとちがうの?」と思うくらいのシコシコ感。スープも美味しくて思わず全部飲んでしまいそうになるほど。
ポークチャウダーも麺こそ普通のカップヌードルですが、具がすごい!噛み応えがあるんですよね~
カロリーのこととか考えるとしょっちゅう食べるわけにはいきませんが、たまになら便利でいいなぁ♪

そのほかにも「ごぼう天うどん」と「トン汁うどん」があって、これもぜひ食べたかった・・・・

さてブログの次回なのですが、本当は今回でインスタントラーメン記念館は終りにするつもりでした。
ところが「行ってみたい」「興味があった」とおっしゃる方が意外に多く(ありがとうございます)、予約して行かれる場合はぜひこの館の目玉商品?ともいうべき「ラーメン手作り教室」を体験していただきたく、次回にその様子をUPすることにいたします。
私たちはふらっと出かけたので出来なかったのですが・・・・絶対に面白いと思いますよ♪

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by kyoncci | 2010-02-27 03:58 | 関西よもやま話
世界食・インスタントラーメンの世界・その1
2月に入ってからまったく写真を撮る暇が無く、ようやく先週丹波の山の公園に節分草を撮りに行ったのだけど大雨(>_<)しかも休園日で入ることすらできず・・・・
というわけで、仕方なく今回からは観光?で出かけた大阪府池田市にある「インスタントラーメン発明記念館」の模様をお届しようと思います。

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実はね、前からこの施設には行ってみたかったんですよ・・・・
主人の実家のある池田市、その出身で一番の有名人といえば安藤百福さん!!
いわずと知れたあの「日清チキンラーメン」の生みの親であります。
インスタントラーメン発明記念館の前には、チキンラーメンの袋を手にすっくと立つ百福さんの銅像が(*^^)v

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館内に入って、まず目に留まるのが↑の小さな小屋です。
これは昭和33年3月5日の安藤氏の研究小屋を、内部もそのまま再現したもの。
彼は1910年(明治10)生まれ、父の持っていた小さい繊維会社を継ぎ、メリヤスの商売で財をなしましたが頼まれて就任した信用組合が破たん、それまでに築いた財産のほとんどを手放し、当時残されていたのはこの小屋と横に建つ母屋だけだったということです。

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昭和20年の敗戦とそれに続く動乱の時期、彼はいつも疑問に思っていたそうです。
GHQによる経済援助、それはほとんど小麦粉で作られたパンばかり。これはアメリカで大量に余っていた小麦の新市場開拓のためだったそうですが、梅田の路地裏の屋台の麺売りに長蛇の列が出来ているのを見ながら「なぜ麺製品ではダメなんだ?東洋での歴史は古いのに」と不満たらたら。
厚生省に「新食品の開発を」と提言したところ「どうぞご自分でなさってください」と体よく断られ、一念発起してこの小屋で必死に新しい麺作りに励んでいたのです。

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彼が狙っていたもの、それは当時メキメキと増え始めていたスーパーマーケットで売れる、清潔でスマートな製品でした。
実は私も昭和33年生まれなんですけど(恥)3つくらいの時、新しモノ大好きな母方の祖父が「神戸に出来たマーケット」に連れて行ってくれたものです。思えばあれはダイエー神戸店でした(笑)
買い物かごを持って市場へ行く、という消費の形態が根本から変わったのがこの時期でした。
映画「三丁目の夕陽」にも登場してましたが、「冷蔵庫」が一家に一台の時代になり、毎日買い物せずに貯めておけるようになったのです。そのときに一緒に買っておいて常温で保存できる麺、乾麺の製造にとりかかりました。

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ある日、奥さんが天ぷらを揚げているのをみて、麺を一緒に揚げてもらって戻したところ意外に美味しい♪
麺の内部から水分が蒸発し、細かい穴のあいた多孔質になり、熱湯を注ぐと多孔質部に湯がしみこんで短時間に元に戻るのです。
この原理は判ったものの、肝心の味付けをどうしたらよいものか・・・最初は皆目見当がつかなかったようです。

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ワンタッチでお湯をかけるだけで食べられる究極のラーメンは、スープを麺にしみ込ませる点にありました。
麺にスープを練り込んだり、着味をしたり、多くの実験をくり返して、着味の方がいいとの結論に到達するまでには、多くの課題を克服する必要があったそうです。例えばスープの塩分が強すぎると、麺がボロボロになってしまいます。安定した品質のチキンエキスの抽出や配合するスパイスの種類や醤油とチキンエキスの配合比率。これらを一つ一つ手作業で確認していく気の遠くなるような実験がこの小屋で繰り返されたのです。

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そうして満を持して昭和33年8月25日に発売、実はこの3日前に私はご近所の西宮で生まれています(笑)
当初は問屋筋は「35円は高い。うどん玉なら6円もしない」と冷淡でした。それでも安藤氏は味に自信があり、長期保存できるという点に絶大の自信を持っていたそうです。
案にたがわず、その後ほどなく爆発的に売れ出し、半年後に社員を200人に増やして対応(設立時は安藤氏と奥さんの二人で袋詰めをやっていたそうです)、それでも処理しきれず3年後の昭和36年には社員1,000名、昭和38年には、東証2部・大証2部への上場を果たしたのでした。

ちなみに、私も大好きだったチキンラーメン。
小さいころよくおやつに食べたなぁ~どんぶりに入れて上からお湯をかけて、たまには生卵も乗せて。出来上がるまでの3分間が待ち遠しかった・・・・

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上は現在普通に運行している、池田市の市バス。
ちゃーんとあのストライプで塗られています(*^_^*)
次回は日清食品を世界的企業にのし上がらせた、もうひとつのエポックメイキングの事件などを写真とともにお届けいたします♪

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連日連夜熱い熱戦が繰り広げられているバンクーバー・オリンピックですが、本当にいろんな感動を味あわせていただいています。
カーリング女子の息詰まるような知能戦、スピードスケートの力強さ、みんな素晴らしかったけれど、何と言っても一番感動したのは「男子フィギュア」!!
私は元々小塚崇彦選手のファンで、主人にも半ば呆れられてきたのですが(>_<)、大舞台での4回転成功!!!!机を叩いて喜ばせていただきました。
高橋選手はもう「別格」と言う感じで、もちろんあの美しい流れるようなステップも、表現力豊かな演技も大好きです。
でも今回本当に本当に素晴らしい!と思ったのは織田信成選手。
実は・・・・・3人の中ではあまり好きな選手ではありませんでした。
理由は去年のモロゾフコーチをめぐる高橋選手との確執。そりゃコーチを選ぶのは自由ですからね~誰を選ぼうとその人の勝手なんですけど、何もよりによってライバルのコーチを指名しなくっても・・・・・と、私なりに高橋選手に深く同情していました。本当に内心穏やかじゃなかったと思います。
でもスケート靴の紐が切れても、落ち着いて演技を続けた織田選手は銅メダルを獲った高橋選手にそん色が無かった・・・・普通なら大大パニックでしょう?去年安藤美姫選手は泣きながら止めちゃいましたしね、もしそうだったとしても観客は「仕方ないなぁ」と思ったでしょう。
それが、途切れたところから続けてミスも少なく、最終的には7位!これは本当に素晴らしい快挙です。織田選手、本当にごめんなさい・・・と、心の中で謝ってました(笑)

もちろん高橋選手は、怪我を乗り越えての銅メダルですからね~でも、競い合った織田君が居たからこその成長だと思うし、何かと競わせたがる周囲の思惑から離れがちなふたりを上手く中にたってまとめた小塚君の力も大きいと思う(彼は良い意味での「おぼっちゃん」なので、その天然のキャラがなごませてくれる)。
個人演技ばかり取り上げられるフィギュア・シングルですけど、今回の3人は実に上手い形でそれぞれが存分に力を発揮していた、「団体競技」みたいなところがあったなぁ・・・・
さあ、これから女子シングルが始まります。どうかプレッシャーで押しつぶされそうになっている真央ちゃんを、安藤選手・鈴木選手が穏やかな形で包んであげて下さいね(もちろんご自身の成長も祈っています)
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by kyoncci | 2010-02-21 00:32 | 関西よもやま話
寒風吹き荒む園田競馬場・その3
前回・前々回に引き続き兵庫県尼崎市・園田競馬場からお届けいたします。

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この日はお天気は良かったのですが・・・・・・
本当に本当に寒かった(>_<)実を言うとレース場の外で観ている人はほんのわずか!
(確かに園田競馬場は平日でしたしあまり流行っているようには見えませんでしたが
それでも屋内は熱気ムンムン、「あわよくばーーー❤」と願う人々でいっぱいでした。
↑の写真はそういう人たちから独り離れて、じっくりレースを見る男性。

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さて、屋外で寒さに凍えながら撮ってる私たちのほうはと言いますと・・・

シャッタースピード1/30は、実を言うと去年秋に大阪WTCで阿波踊りを撮ったときに使いました。
夕方室内でだんだん暗くなってきた時でした。
本当を言うともっと早いスピードで獲りたかったのですが、どうしようもなかったのです。
F先生に習っていたころ「きょんちさん、一般的には1/30が手持ちでぶれないで撮れる限界ですよ」といつも言われていました。
とは言っても、それはあくまで「動かないものを撮る」時のことでして・・・(>_<)
流し撮りで1/30というのは私にとってまさに「未知の領域」でして・・・・

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やっぱり確率的に言いますと、1/500とかで撮ったもののほうがはるかにピントが合ってます。
(当たり前だ!)
それでもごくたまに、どこかにちゃんと合ってる写真も撮れるもんなのですね~
しかも、やっぱりすごい迫力!

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自分としては↑が一番出来が良かったかな~?
それにしても、騎手さんたちってみなさんスリムですね~
私のような体重の(しかも運動音痴の)オバさんだと、お馬さんが可哀想ですもんね。

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あと数枚救えましたが(笑)、どれもこれも似たような写真ばかりで・・・
(@_@;) これで騎手さんが鞭を振るっているとかだとすごく迫力が出るのでしょうけどね~
残念ながら、今回はそういうラッキーなことはありませんでしたぁ。

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屋内では相変わらず、熱気ムンムンであります・・・・

もう私たちは体が冷え切っておりまして、これ以上屋外での撮影は不可能!と判断しまして(笑)
撤収することにいたしました・・・・

そこで、園田競馬場のすぐ横にある伊丹市クリーンセンターへ行きました。
ここは競馬場のすぐ横にあるんですよ~

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そのてっぺんにあるレストラン(本当です、ごみ処理場の建物は温水プールとレストランになっています)に行って暖をとりました。
(他の男性陣はみなさん軽いケーキとコーヒーだけだったのに、私ひとりがうどんを食べました!)
レストランからは競馬場がよーく見えるんですよ♪

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すごいでしょう~!?競馬場が一望ですよ♪
砂煙をけたてて走る馬たちが、なんとカッコいいこと!!
なんとかあの金網から撮れないかなー(脚立でも使って)などと皆さんと話し合っておりました。

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こうして「園田競馬場」の一日は終りました♪
素晴らしい体験でした~ちょっとまだ怖いけれど、今度は独りで行ってみようかな(*^_^*)
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by kyoncci | 2010-02-12 01:46 | 関西よもやま話
寒風吹き荒む園田競馬場・その2
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始まりましたっ!じゃんじゃん撮りますよ・・・・・
でも、撮った写真を見るとあんまり・・・・迫力が無い(>_<)。
やっぱりなぁ、一応こういう場面に遭遇してますから(一眼歴4年ですもん!)
これはね、ブレてないから(*^^)v
今までに動くものってあんまり撮ったことがありませんが、この前大阪のWTCで撮った阿波踊りの写真も
カンカン照りのときに撮ったものはイマイチだったのに、夕方になって暗くなってきたときに
撮ったものは適度にブレてて、良い感じの写真だったのです。というわけで
今日の写真は「シャッタースピードを落として」「流し撮り」です。
なーんてことを思っておりましたら

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あれっ!\(◎o◎)/!ゲートがいつの間にか動いてる!!一体なぜ?????

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いやぁー知らなかった、競馬のゲートって大型車で引っ張ってるんですねぇ!
ゴトゴト・・・・ってなんと!今度は私たちのすぐ目の前にやってきました。
どこからともなく係員さんたちを満載した小型バス?が現れて
皆さんわらわら・・・・と出て来られて整備が始まります。
そういうのもぜーんぶ目の前で見えるのですから、堪りませんねぇ~(>_<)

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右奥にある馬場から続々と馬たちが出てきます・・・・
なんとこの頃にはみぞれ交じりの雪が!とーっても寒いですぅ(>_<)

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ゲートの後方でもちょっとした足ならし。
まぁ私たちだって走ったり泳いだりする前には、入念に屈伸運動したりしますからね~

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ここ園田競馬場は全周1051m。なぜこんな中途半端な長さになったかと言いますと
1999年に今まで1000mだったコースを1100mにする計画が持ち上がったのです
というのもそれまではこの競馬場では体の小さなアラブ馬しか走って無かったんですよね~
サラブレッド馬を導入することになって、体が大きい馬ですから1000mではコーナリングが
上手くとれない・・・・ということで伸ばそうとしたわけです。
ところがこの競馬場の横には猪名川自然林が広がっていまして、そこは売ってもらえない。
ということでとても中途半端な長さになってしまった、のだそうです。
レース施行距離は820m、1230m、1400m、1700m、1870m、2400m が行われているということですから、距離によってはスタート地点をずらす必要があるわけです。


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レース前にお馬をなだめてるんでしょうか?
「お前は強い、絶対勝てる!」とかささやいてるんでしょうか??

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スタート!!
めちゃくちゃ驚いたのは、12頭がゲートインしたらすぐさま出るんですねぇ!!
サラブレッドはめちゃくちゃ神経質だ、と聞いていますから、出来るだけ待たせないようにしているんでしょうねぇ~

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おおおーっ、さっきのお馬が先頭切って走って行きますよ♪
シャッタースピードを1/30に落としました。
やっぱりところどころブレていて迫力でますねぇ~(*^^)v
しかし、手ぶれも大変厳しくなるわけで・・・・・
次回は園田競馬の最終回、手ぶれ嵐から何とか救えたものをUPしようと思っております。
どうぞお付き合いくださいませ<(_ _)>
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by kyoncci | 2010-02-09 02:57 | 関西よもやま話
寒風吹き荒む園田競馬場・その1
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↑の写真は一体どこでしょう?
ブログも長くやってますが(約5年)こういう場所は初めてですね~~
ここでもう判った方は、相当遊んでおられますねぇ(>_<)

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第二のヒント。「駅」の券売機?
ここではもうほとんどの方がお判りになったことでしょうねぇ~

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じゃーん、↑が今回お届けする園田競馬場です。
1930年に解説された地方競馬場、関西では阪神競馬場が大変有名(桜花賞、宝塚記念、阪神ジュベナイルフィリーズが行われる)ですが、あそこは大変巨大な競馬場ですから遠いんですよね~客席とお馬さんたちの走る場所が。
いつか「お散歩ネット」でそういう話をしたときに「じゃあ園田競馬に連れて行ってあげるよ!」とおっしゃっていただいたのです。

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寒い寒い日でした・・・・
朝9時半に集合して、競馬場に着いたのが10時。レースはまだ始まらない・・・・
と、パドックのほうへ行ってみました♪
レース前はこれから走る馬たちのおひろめがあるんですね~

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サラブレッドは本来とても神経質な動物、その上レース前はもっと神経質になっているので、写真を撮る方も気を使います。フラッシュなどは絶対に禁止!
かつて中山競馬場で起きたダテハクタカ事件というのがありました。
これはパドックで当時一番人気だったダテハクタカという馬が突然暴れだし、検査すると右目に障害が起きていました。なんと硫酸が水鉄砲のようなもので吹き付けられたそうで、現在に至るまで犯人はわかっていません。

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見ている者も無言・静々と歩く馬たちも無言・・・・・
それにしても、やっぱりお馬はキレイで可愛いです。
私は競馬はやりませんが、見るのは大好き♪

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この↑お馬さんはかなり気が立っているようで、厩務員さんは必死で押さえていました。

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馬たちを先導する白馬。
お姉さんが騎乗しておられます♪

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スタートの前に小さい馬場で「足ならし?」をします。
こういうところは大きい競馬場では見なかったなぁ・・・・当然あったのでしょうけれど。
園田は小さい競馬場だから、いろいろなことが全部目の前で起こります(*^_^*)

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そして、各馬ゲートイン。
さてこれから始まる大レース♪
次回・次々回と園田競馬場からお届けする予定です(*^_^*)どうぞよろしく。
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by kyoncci | 2010-02-05 00:29 | 関西よもやま話
15年前の朝を想う・・・・・・
15年前の今日、私はテレビの前から一歩も動くことが出来ませんでした。
朝6時、いつものとおり朝の支度のために当時住んでいた北鎌倉の二階から降りてきて、いつものようにテレビのスイッチを入れて。
画面の中では、神戸に通勤するために車で走った阪神高速が横倒しになっていました。

狂ったように主人を起こしたとき、大阪北摂に住む義母から電話がかかってきました。
「戸棚が倒れて、中の物が部屋に割れて散らばってる・・・」と泣きじゃくっていました。
嫌な予感がして西宮の両親にすぐに電話しましたが繋がりません、背中は恐怖でぐっしょりと濡れていました。

毎年この日を思いだす・・・でも、そんな生易しいものではなかった人たちのことも想う。

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一昨年2008年12月19日、↑の写真は12月10日に出かけた神戸ルミナリエの写真です。
覚えていらっしゃる方もおられることでしょう・・・・・
この写真を入れた記事をUPした10時間後、父は亡くなりました。まったく突然のことでした。
光の鎮魂・神戸ルミナリエその1
ルミナリエの写真は二回に分けてUPする予定でした。その二回目はついにお蔵入りになってしまいました。
その写真群を今日1年2カ月ぶりにお見せしようと思っております。

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一枚目の写真はルミナリエの通路部分です。
ここではゆっくり立ち止まって、写真を撮ることができません。
しかしその通路をゆっくり歩いて抜けると、大きな公園に出ます、神戸東遊園地です。

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広い広場の周りすべてに光の回廊が施されています。
ここではゆっくり立ち止まって撮ることが出来るのです。

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大震災の起こった1995年冬、「神戸の復興と観光客を呼び戻すために」、イタリア人のヴァレリオ・フェスティ(Valerio Festi)と神戸市在住の今岡寛和の共同作品としてこのイベントは始まりました。
現在まで脈々と続いているのですが、近年資金不足で何度も中止一歩手前まで追い込まれています。
そのためにもここに来られた方には募金を募っているのです。
上はその募金を入れる祭壇、もちろん私も些少ではありますが入れさせていただきました。

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ルミナリエの賑わう回廊のそばにひっそりと、灯り続ける「希望の灯」・・・・
あの日失われた6343の命、15年も経って現在あの震災を経験したひとの1/3が亡くなったり、他府県に移住してしまっているそうです。
父もそのひとりになってしまいました。

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15年前のあの日、テレビの前に座り込んで電話をかけ続けました・・・・・
ものを食べた記憶がありません。
すぐに行きたかったけれど、運悪く下の息子(当時幼稚園児)がインフルエンザで寝込んでいて、かないませんでした。
神戸の親戚・友人にはどこにもかかりませんでした。

2日目の夕方、ようやく父からの電話が。
「おいっ、俺は元気、かあさんも元気だ。家?めちゃくちゃだけど何とか住める。心配するな、こっちには絶対に来るな、危ないから。ごめん、俺の後ろに300人くらい並んで待ってるから、もう切る。じゃ!」
たったそれだけの一方的な会話でした、家の電話は使えないので遠くまで公衆電話をかけに行ったのでしょう。

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5日後、ようやく熱の下がった次男と長男を連れて、近所のひとたちから頂いた空いたペットボトルを各々のリュックに詰め込んで関西へ。
阪急梅田のトイレですべてのボトルに水を入れて、うんうん言いながら我が家へ・・・・
家の中は意外に片付いていました。聴くとボランティアの方々が助けて下さったとのこと。
本当にありがたく思いました、老人二人ではとても出来なかったでしょう。
それから数日、両親と必死で片付けました。
ビルの屋上から見る故郷は、変わり果てていました。

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とにかく水の確保が大変でした。食べるものは配給もありましたし、大阪へさえ出れば何とかなったのです。
数回ペットボトルを入れに大阪へ向かいました。
近所の方が自宅の井戸を開放してくださっていて、みんな並んで各々のバケツに入れさせていただきました。
馴染みの美容室の方が「家では洗髪出来ないでしょう?無料でやってあげますよ」と言って下さいました。
手がすいたら近所の小学校へ手伝いに行きました。

たった3日間だけでしたが(長男は小学校1年生でそれ以上休ませるわけにはいきませんでした)、決して忘れられない思い出です。

こんなことも、もう忘れかけている。。。。。父はもう居ないし、母は伝えることが出来ません(脳梗塞の後遺症でしゃべることが出来ないのです)
決して忘れることのないように、ここに記すことにいたします。
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by kyoncci | 2010-01-17 10:43 | 関西よもやま話
迫力!大阪国際空港
私は現在特定の写真の先生に習ってはおりません。
ただ、独学というのはどうしても自分の好きなものだけ撮るようになるし、お連れが居ないと「やる気」も出ません。
ということでネットの写真集団「おさんぽネット」にだけ属しているのですが、そのリーダーであるキットタケナガ師が来阪されたので、ミニ撮影会が開かれました。

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この2カ月、ずーっと紅葉の写真ばかりで、正直皆さんも飽きておられたことでしょう(笑)
私も久しぶりに撮った飛行機!!ド迫力です(*^_^*)

連れてきていただいたのは、千里川のほとり。
伊丹空港の南側になります。



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向こうからやってくるのは・・・なんと2機!\(◎o◎)/!
どうするんだろうか・・・と思っていたら、後ろのは待ってるみたい。
(ーー゛)???浮いてるわけにもいかないだろうし・・・・飛行機は大変だぁ

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あっという間に、我々の真上に!!
カメラを構えているヒマがないっ!!

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しばらく待ったあと、次のがやってきました♪
今回は何とか納めたぞ・・・・(ーー゛)難しいですねぇ、キット師はすごく迫力あるのをモノにされてましたが。

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我々の頭上を通り過ぎて、あっという間に着陸。

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↑は、これからこの空港を飛び立つ飛行機です。
向こうの山々は、阪急宝塚線の中山・山本・雲雀ヶ丘花屋敷の町々。
中山の山の上から見ていると、伊丹から飛び立った飛行機がまっすぐ向かって来ます。
あの山の上まで飛んで、そこから方向転換するようです。(それは西宮の家から見ているとよくわかります)

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今、飛び立ちました・・・・
どこへ行くのかな?私もどこか遠くへ行きたいなぁ~(*^_^*)


とうとう今年もあと3日とちょっとになってしまいました・・・・
皆さま、お掃除やお正月の準備にあわただしい毎日を送られていることと思います。
私も明日千葉に戻ります。
ということで、今年のブログはこれでお終いです。
皆さま、今年一年本当にありがとうございました<(_ _)>
情けないことに、今年は2月からずーっと体調が悪かった・・・・
実は今もアレルギーの咳が出て苦しんでいます(もう1カ月以上になります)
来年は、なんとか立て直して、またバンバンいろんなところへ出かけたいなぁ。
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by kyoncci | 2009-12-28 21:44 | 関西よもやま話


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