みなさまご無沙汰しております
by kyoncci
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渋さが素敵・二条城
二条城・・・・京都の街中にどーんと建つこの有名なお城を、不思議なことに今まで一度も訪れたことがありませんでした。
おそらくあまりに街中にあるため(中京区二条通堀川西入というすばらしい住所!)「いつでも行けるわ~」と高をくくっていたに違いない(笑)
そういう所って、行かないものです(>_<)今回初めて連れて行っていただきました♪

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入る前から気づきましたよ、どっかに似てるこの光景(;一_一)
つい最近行ったことのあるあの場所......そう、日光東照宮に!!

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近づいてみると、よりいっそう似てるのがわかります。
門の上にどかどかと並ぶこの彫像群・・・・・それにしても東照宮ではちょっと退くほどの極彩色だったのに
こちらのものは「ラピスラズリを嵌めこんだ宝石のよう」に美しく感じるのはなぜ?

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東照宮に比べて明らかに地味・・・・というか非常に渋い。これならば納得できる美しさです。
このふたつの建物は、実は同じ徳川家光(三代将軍)が完成させているのですが、同じコンセプトを持ちながら(明らかにバーチャルな三次元の絢爛豪華さを狙っている)こんなに違うんでしょう?
いろいろなサイトで調べてみたのですが、正直「これだ!」と思うものには行きつけませんでした。
このふたつの建物両方に携わったひとは同じ人が多いんですよ・・・
藤堂高虎(縄張り=設計)とか中井大和守正清(名大工)とか、色々なひとが関係してるんですよね。
二条城はその築城目的が後水尾天皇をもてなすため、ということでしたのでひょっとしたら当時の天皇家のセンスの良さを考慮したのかもしれませんねぇ・・・・・

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実は二条城西の丸御殿(大政奉還が行われた)は内部公開されていますが、撮影は禁止です(>_<)
あちゃーなんで?という感じなのですが。
600円の入場料を払い入って見ました。
内部はひろーい、そして全部床張り(ウグイス張りですからきゅっきゅっと鳴ります)。
あーここで14代将軍家茂(和宮の旦那様)がお亡くなりになったんだ・・・・勝海舟に看取られて、とか
15代将軍慶喜が大政奉還の決断をされたのだ、とか(龍馬はそのとき河原町の宿でやきもきしながら後藤象二郎からの知らせをまっていたのだろうなぁ、とか)
色々想うことが多かったです・・・・返す返すも写真が撮れなかったのが残念!

お庭に出てみました。

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京都の桜はもう終わりかけで、はらはらと風が吹くたびに散る花吹雪・・・・
この二条城のお庭は古田織部の弟子であった小堀遠州が作ったそうです。
ちょっとすっきりしすぎていて(笑)私はもうちょっとごちゃごちゃしている方が好きですが(*^_^*)

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季節はもう八重桜に移っていくようでした・・・・
次回からは2009年京都の桜、最終バージョン?をお届けいたします。


実はこの日は夜まで京都に残ってお食事を楽しむつもりでした。
ところが急に実家のビルで事件が起きてしまって(ご安心ください大したことではありません)
私ひとり帰らざるを得ませんでした。
あー残念無念でございましたぁ・・・・(T_T)
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by kyoncci | 2009-04-28 09:10 | 京都・千年の都
さくら・さくら・さくら
私はときどき「おさんぽネット」というコミュニティで撮影会に連れて行ってもらっているのですが、今回は生れて初めて京都御苑へ行きました。
新宿御苑は純然たる「公園」ですが、京都御苑の中には京都御所や宮内庁京都事務所、かつての公家の邸宅跡などが点在しており、なんと総面積は63ヘクタールにもなります。
今回は「桜の咲いているところ」だけ、つまみ食いさせていただきました(*^^)v

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これは近衛邸趾の糸桜です。
近衛家といえば五摂家(ごせっけ)のひとつ、近衛・鷹司・九条・二条・一条の五家のみからしか摂政・関白は誕生することが出来ない決まりでした。

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関白就任を目論んだ羽柴秀吉(豊臣秀吉。当時は平朝臣を称していた)ですら、1585年(天正13年)に近衛前久の猶子(ゆうし)となり、藤原朝臣として関白就任を果たしたのです。
ちなみに猶子とは「養子」とはちがい、一代限りのもの。子供の姓は変わりません。
秀吉のような「官位などの便宜上」おこなわれるものと、「婚姻時の便宜」のためにおこなわれるものがあるようです。後者の代表は平徳子(平清盛の娘)、皇族では無かったため後白河法皇の猶子となって高倉天皇に嫁ぎ安徳天皇を生みました。

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猶子にはもうひとつ、「他の氏族との関係強化」のために行われるものがあったそうです。
この例としては豊臣秀吉の猶子となって秀吉の養女・豪姫(前田利家の娘)を娶った宇喜多秀家がいます。
また、鎌倉時代、三代将軍源実朝の猶子となった公暁(二代将軍頼家の次男)のケースは、最悪の事態となってしまいました。

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話を五摂家に戻しまして・・・・
五摂家のみが摂政・関白を輩出できる、というそれまでの不文律を破ったのが豊臣秀吉です。
秀吉は新たに「豊臣家も摂関家である」とし、甥の秀次を豊臣の名のままで無理やり?関白に就任させています。まぁその後実子が生まれて、秀次の郎党はすべて殺されてしまうのですが・・・
とにかく五摂家以外で関白に就任したのは、歴史上・豊臣秀次ただひとり、ということになります。

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その後江戸時代になって、幕府は禁中並公家諸法度を制定して、摂政・関白は幕府の推薦なくして任命できない仕組みを作ります。
おそらく天皇家の力を弱めるために、五摂家の権力増大をはかり、五摂家を従わせるために数々の優遇制度を設けます。たとえば天皇の皇后・中宮は将軍家を除けば五摂家のみからしか出せません。
明治天皇の母は中山優子という女性ですが、彼女は実母なのに正式には認められていません(実家は貧乏貴族だったので)。名目上の母は九条 夙子(くじょう あさこ)となっています。

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明治以後五摂家は伯爵家となりましたが、あいかわらず天皇の皇后となる女性(皇太子妃)は華族のなかで五摂家出身のみ、という不文律が存在したようです。
それを一気に打ち破ったのが、美智子妃殿下だったのです。
本当にこれだけの歴史のある悪習(?)をよくぞ破ってくださった、と頭が下がる思いです。

今回は桜の写真ばっかりで、説明も何も・・・(-_-;)と言う感じだったので
たまたまそばにあった近衛家を含めた五摂家のことを書きました。
いやはやそういう家に生まれた方ははたして幸せだったんでしょうかねぇ?
次回はあの!大政奉還の宣旨が行われた二条城の桜です(*^^)v
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by kyoncci | 2009-04-25 07:27 | 京都・千年の都
女たちの麗しの城・姫路城その2
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前回に引き続き、天下の名城・姫路城の桜をお届けしています。
「桜とお城」というのは本当に「定番中の定番」、そんなものありきたりで撮りたくないよー!とおっしゃる方も多いと思います。
実は私も「少々ミーハーかなぁ?」と思ったんですよ(-_-;)
でも、青空に映える白い城を見たとたん、そんな気持ちはぱーっと晴れてしまいました(*^_^*)

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青空のもと、すっくと建つ姫路城です。
桜の季節でなくても、この写真は撮れますよ♪

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このお城は前回UPした池田輝政によって建築されましたが、池田氏は跡を継いだ光政が幼少であり、重要地を任せるには不安である事を理由に因幡鳥取へ転封させられ、1617年(元和3年)伊勢桑名から本多忠政が15万石で入城しました。
翌1618年、息子の忠刻が美しい花嫁を伴ってやってきます。
その女性こそ千姫でした。

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姫路城クラスの大型の城は、天守閣を中心にいくつかの城が点在し、その間は渡櫓や長局(渡り廊下のようなもの)でつながっています。
徳川家康の孫娘であった千姫入城の折には、彼女のために西の丸御殿が建てられました。
(もちろん祖父家康からの多大な持参金が使われました)

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現在残されている化粧櫓から天守閣を眺めます。
千姫もこの窓から眺めたことがあったのでしょう。。。。。。
思えば彼女の人生は無残なものでした。

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わずか7歳で従兄弟・豊臣秀頼(秀吉と茶々の子、茶々の妹が千姫の母・お江)に嫁ぎ
豊臣家と実家・徳川家がいがみあうのをその目で見て育ちました。
1615年の大阪夏の陣では、彼女ひとりが燃え盛る大阪城の中から救い出されます。
その後秀頼の息子(側室が生んだ)は殺され、娘は鎌倉東慶寺の尼となって豊臣の血は絶えてしまいます。

そしてそのわずか3年後、またしても政治の道具となって政略結婚させられたのです。

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彼女のことを調べるうちに、本当に立派な女性であったのだろうと思いました。
前回の池田輝政の夫人もそうですが、千姫もまた強大なバックを持ちながらも謙虚な優しい女性でした。
夫本多忠刻は病弱だったためなかなか子宝に恵まれず、ようやく得た男子・幸千代もわずか3歳で亡くなります。
1926年には夫に先立たれ、娘・勝姫とともに江戸に戻ることになりますが、旅たちの日には姫路の民がその後ろ姿を涙ながらに見送ったといいます。

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江戸に戻ってからは仲の良い弟・家光(三代将軍)の補佐役として、大奥を統治し(篤姫みたいですね!)徳川家の安泰を陰から支え続けたということです。
ちなみに勝姫の嫁ぎ先は姫路城を築城した池田輝政の孫・光政(そうです、幼すぎるという理由で鳥取に国替えされた)、きっとふたりはどちらも「幼いころを姫路城で過ごした」という思い出話を楽しんだことでしょうね。

戦国時代~江戸初期というのはまさに「英雄の時代」、男性の力の強い時代でしたが、こんな風に女性たちが支え続けていたのです。
姫路城が別名白鷺城と呼ばれ、女性らしいたおやかな姿をしています。
たくさんの女性たちの願いや思い・・・・いくらお姫様とはいえ、この時代に生まれなかったことをありがたいと思う私です。
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by kyoncci | 2009-04-22 09:38 | 関西よもやま話
女たちの麗しの城・姫路城その1
結婚するまで約23年関西で過ごしたというのに、桜の季節に姫路城に行ったことがありませんでした。
学校の遠足ではおそらく10回くらいは行ったというのに・・・・

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JR姫路(昔は古ーい汚い駅だったのに、見事にリニューアルされてました)を降りて北へ約10分、
目指すお城は桜の咲き乱れる中に・・・・\(◎o◎)/!

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駅からずーっと歩いてくる人のほとんどが実は外国の方、おお~昔はこんなこと無かった・・・
「×○△×○△×○△×○△×○△・・・・!」
「◆◎&、×◇×ほにゃらら・・・!!」とみなさん口々に驚嘆の意を表しておられます。
「暴れん坊将軍」や「水戸黄門」などのTVロケで「江戸城」として映されるのも、実はたいていこの姫路城らしくて(笑)古の美しい姿をそのまま留めてくれています。

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ただでさえ白く美しいのに、この日は桜が満開で、先ほどの外国の方でなくても「ワンダフル!」と叫びたくなります。
私はかつて桜の季節に会津鶴ヶ城白河小峰城へ行ったことがありますが、やっぱりそのふたつよりさらに大きく堂々としています・・・

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とにかく規模も大きくお庭も広いので、城門がいっぱいある・・・・
そして桜の木も。
ものすごく混むだろうなーと一応覚悟はしていましたが、広いのであまり気になりません。
今回覚悟を決めて来たのには、実は理由がありました。

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実は姫路城はこれまでも何度も改修工事を行ってきましたが、この秋から新たに実施されることとなりました。
一旦工事が始まりますと、天守閣はすっぽりと覆われ、この美しい風景を楽しめなくなります・・・
(詳しくはこのサイトをご覧ください)
ですからこの風景はしばらく見られない、ということで多少無理をしても来たかったのです。

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天守閣へ向かう階段にて・・・
ただでさえ角度があって登りづらい階段ですのに、観光客がどどーっと登っていますので危ないことこの上ありません(T_T)
「頭上注意」という張り紙のあるところは特に狭く、昔の人は身長が低くて問題なかったのでしょうけど、現在の身長170センチ以上の人はぼーっと登っていると頭をモロにぶつけます(笑)
よく映画などで天守閣に着物をひきずった女性(淀殿とか)が居るシーンがありますが
「あれはウソや!」と思いますねぇ~この階段を長いひきずった着物で上がれるわけないですよ。
しかも昔は手すりも無かったでしょうし・・・・降りるのはもっと怖いし・・・・

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ここが五層7階の姫路城の一番上の天守閣です。
姫路城が建つ姫山の地主神がまつられた長壁神社が安置されています。

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天守閣から先ほど歩いてきたJR姫路への長い道路を眺めます。
ここには昔はあの豊臣秀吉が建てた3層の城がありましたが
1601年から(あの関ヶ原の戦いの翌年)、徳川家康の次女督姫を妻とする池田輝政は約8年の年月をかけてこの城を完成させたのです。

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完成当時の姫路城と姫路城下の模型です。
調べているととても面白い記事がありました。
池田輝政は豊臣家の重鎮でありながら(秀吉の棺をかついだ、と言われています)その後徳川と急接近、関ヶ原後は増石されて徳川末期まで大大名として君臨しましたが、それはすべて正室が家康の次女であったから
ある日侍女が「池田家の繁栄は奥様のおかげ」みたいなことをみんなの前で話したのでそれを厳しく叱りつけたのですが、あとでその侍女にこっそり「自分の出世には多分に妻の七光りによるところなのは理解しているが、それを聞いて彼女が付け上がり、夫婦仲が悪くなっても困るから妻の前では、それを言うのは止めて欲しい」と頼んだそうな。

なんだか愛らしい?おじさんを想像してしまうのですが(*^_^*)

次回は姫路城ゆかりのもう一人の女性・千姫登場!です。
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by kyoncci | 2009-04-20 10:53 | 関西よもやま話
豪華絢爛?日光の旅その4・昔の光いまいずこ・・・
日光の旅、翌日は晴れ渡った空を見ながらいろは坂の途中にある「明智平」までやってきました。

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ここからロープウェイで山に登ります。
赤い車体が青空に映える、素敵なお天気になりました♪

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うおおおーっ!\(◎o◎)/!
6歳のころ、私はここに来たんでしょうか?ぜんぜん覚えが無いのですが・・・・
右に大きく男体山、その懐に抱かれるような中禅寺湖。
そして雄大な華厳の滝・・・・すごい風景です。
有史以前にこれを見た人は、あまりの雄大さに腰を抜かしたことでしょうねぇ。

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よく見ると、華厳の滝(左中上)の右下横に、小さな滝が!
これは「白雲の滝」と呼ばれているのだそうですが、これだけでも大変美しい滝ですね~
ところで。
なぜここが「明智平」と呼ばれているか、不思議に思っていました。
別に明智光秀の領地だったわけでもないし・・・・
実は徳川家康の懐刀、日光東照宮を起こした天海大僧正というのは、かつての明智光秀である、という説があるんだそうですね~
ふたりとも近江の出であること、徳川三代将軍の家光の乳母・春日局(お福)は光秀の妹と第一の家臣・斎藤利三の娘であること(もし天海=光秀だったら、自分の姪を推したことになる)、そして決定的とも思えるのが将軍の名前「家光」が「家康」「光秀」から一字ずつもらったものであること・・・・(不思議なことに実父・二代将軍・秀忠からはもらっていない!)
だからこそ家光将軍は、あれだけのお金を湯水のように使ったのであるし、天海は自分の元の名をこの風光明媚な場所に付けた・・・・なーるほど・・・・(-_-;)皆さんはどうお考えになりますか?

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そして男体山の後ろにはひっそりと女峰山が・・・・
男体山が2484m、奥さん?の女峰山は2463mで少しだけ低いです。
大変奥ゆかしい女性のようで(笑)ぜったいに旦那さまより出しゃばらないみたいですね~
この後すぐに霧がかかって頂上が見えなくなってしまいました。

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今回は第二いろは坂をクネクネと下り・・・・ようやく「ん」のヘアピンカーブを越えて・・・・
(「い」のカーブから延々と続いていたのですが、ついに終わりましたねぇ(*^_^*))
そして最終目的地・日光街道の杉並木へ・・・

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うわーっ、ここに来るのは初めてなのですが、やっぱり歴史を感じさせますねぇ・・・
その昔、江戸の将軍様は大権現(家康さま)をお参りするために、このみちをしずしずとかごに揺られてやって来られたのでしょう。一本一本の杉の大きいこと!
この杉並木のうすぐ横には結構通行量の多い道が走っているのですが、騒音などまったく聞こえないくらい「世間とは隔絶された空間」です♪

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よく見ると杉一本一本にプレートが・・・・この木には「ヨックモック」とありました。
どうやら杉の木を守るために、オーナー制度をとっているようですね~

そろそろお腹がすいたので、杉並木の横にあるお蕎麦屋さんに行くことにしました♪

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報徳庵というお蕎麦屋さんなのですが、昔このあたりにあった民家(かやぶき)を移築して使っておられます。

実にいいかんじ・・・・・

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↑、もうつつじが??(>_<)??

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近くの木々では、日光だから?なんだか千葉より派手なヒヨドリくんが身づくろいをしていました♪

長々とつづきました「日光の旅」お付き合いくださいまして、ありがとうございました<(_ _)>
次回からは怒涛の?「桜シリーズ」(笑)が始まります。
まず初回は関西のあのお城♪日本で一番美しいと言われている、名城の桜をお届けいたします。
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by kyoncci | 2009-04-18 00:22 | 北関東の旅
豪華絢爛?日光の旅その3・能舞台で遊ぶ
前回・前々回に引き続き日光の旅、今回は第三回目になります。

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桜が咲いてるわけでもないのになぜ今日光?という理由なのですが
まず、次男の大学入学を控えて節目としてみんなでどこかへ行きたかった、ことが第一の理由。
第二の理由は今回泊まったホテル楓雅に来ることでした。
実は・・・いつも主人と旅行するときは、こんなすごいお宿には泊まりません(笑)
お金ももったいないし、仲居さんに上げ膳・据え膳されるというのはとても気疲れします、慣れなくて(>_<)

しかし、やっぱりこのホテルは眺望がいいなぁ~男体山がすぐ目の前!

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↑は今回私たち家族が泊まったお部屋、ひろーい\(◎o◎)/!
主部屋16畳に洋室6畳、お茶室にもなる控えの部屋6畳(水屋もあります・・・(-_-;))
どの部屋からも男体山が見える、という素晴らしさ。

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実は数年前、主人が友人たちと何かの会合でこのホテルに泊まったことがあるのです。
天然温泉の素晴らしい露天風呂、広くて静かな内部、凝りに凝ったお料理・・・・
それらに圧倒された、と話していました。
そして主人はふと「奥さんを連れてきてやったらさぞ喜ぶだろうなぁ」と思ったそうです。
というのは・・・・

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このお宿、なんと!!能舞台があるんですよ~(@_@;)?????なぜっ?????

橋掛(お幕から舞台までの通路)はやや短めではありますが、ちゃんとお能をやれる広さです。
鏡板(背景)には素晴らしい老松が描かれていて。。。。
しかも宿泊客は自由に入って、遊べちゃうんです!

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私が大学の4年間、本業の勉強そっちのけで(笑)仕舞・謡いに励んでいた、というのはいつかお話したことがあると思うのですが・・・・
アハハ、まだ体が覚えてました「高砂」を(恐らく「羽衣」もまだ舞えると思う)。
いやーやっぱり若いころにやったことは、なかなか忘れないものです。扇を持って来たらよかった・・・・
というわけで、第一日目は大興奮?のうちに終わったのでありました。
あっ、露天風呂もすばらしく、4回も入っちゃいました(*^^)v

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翌朝5時からという露天風呂に入って、そのあと中禅寺湖のまわりを散歩しました。
さすがに寒いっ!!(ーー゛)身を切るような・・・・湖から寒風がぴゅーっ!
そんな中、湖の中で釣りをしている人たちを発見!
うそっ、おそらく水中は死ぬほど冷たいはず・・・・

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新聞を見て驚きましたよ~なんとこの日から岸釣り(船を使わない釣り)が解禁されていたんですよね。
なるほど~ニジマス釣りかぁ・・・・
いつも思うんですけど、釣りというのもカメラに負けず劣らず酔狂な?(数寄な?)趣味ですね~
たまに「どっちもやってる」という人を見かけて、驚かされるのですが(-_-;)
寒がりの私は、見ているだけで凍えそうでした(-_-メ)

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この日東京は桜が満開になり、都心は花見客でごった返していたそうですが
ここ日光・中禅寺湖はまだしっかり冬景色、梅もまだかいな?という感じでした。

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中禅寺湖畔のお店は雪かきのため、こういう車両をおもちなんですね~
道横に寄せた雪はまだまだがっちりと凍っておりました・・・・

で、最後にお楽しみ?の(*^_^*)

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じゃーん、お料理の一部であります。
見た目の美しさもさることながら、夕食に2時間近く・朝食も1時間かけて一品ずつ持ってこられます。
早食いの私たち家族ですから、いつも家では30分もかからん(笑)
夕食中に息子と会話してもひとこと・ふたこと。もうちょっと詳しく話をしたいと思っても、息子は「ウザイ」とばかりにそそくさと自室に行ってしまいますからね~
その点90分もかける夕食中は、いろんな話ができました。
まぁこれだけでも価値があったよね?おとうさん(*^_^*)

このゴージャスなお宿、実は年に数回ヒマな時期に(桜とか紅葉のころでは無い)
「宿泊客おひとりさま無料」というサービスをやっておられます。
ワハハ、実は私たちもそれが目当てで来たのじゃー(>_<)
主人がお風呂で知り合った若い男性も「彼女のお母さんが、ひとり無料券をくれた」と言ってたそうです♪
二人で来た場合、ひとりの料金で泊まれますからね~こりゃいいですよね♪

次回は日光の旅最終回、快晴の明智平から。
そして日光らしいあの街道へも行ってみました(*^_^*)
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by kyoncci | 2009-04-16 09:25 | 北関東の旅
豪華絢爛?日光の旅その2・クラシックホテルと滝
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東照宮を出た後、「なんだかお腹すいたね~」ということになって、ご存知日光では一番有名な「金谷ホテル」にやってきました。
子供のころ実家は大変ビンボーだったので、まさかこのホテルに来るなどという大胆な発想は父母には無かったでしょうねぇ(笑)現在ではランチくらいなら私たち庶民にでも味わえる、うーん良い時代になりました。

おおーっ、やっぱりなんか風格ありますねぇ。

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クラシックホテルの名に恥じない、そんなシーンですねぇ。
きっとこの給仕して下さる方は、一滴の紅茶もこぼさずサーブされることなんでしょう。
ティーバッグにお湯を注いで、ハイ出来上がり♪という我が家とはえらい違いです(-_-;)

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軽井沢の万俵ホテル、伊豆の富士屋ホテル、奈良の奈良ホテルなどとともに「古き良き時代」をふんぷんと感じさせるその佇まい・・・・

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今回東照宮の中は外国人観光客ばっかり、という感じだったのですが
昔から日本の夏の蒸し暑さを避けるために、涼しい日光に外国の方が集まっておられたのでしょう。
(ちょうど神戸の六甲山みたいな感じで)
その中にはローマ字のつづりで有名なヘボン(ヘップバーン)さんがいらっしゃいました。
彼の別荘が基盤となって増改築を繰り返し、現在の姿になったと言われています。
嬉しかったのは東北旅行記で有名なイサベラ・バード女史もここに滞在された、ということ。
初めてお顔を拝見しました、想像通りのいかにも意志の強そうな・・・・素敵な女性です。

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レストランで念願?のカレーライスを注文。(間違ってもコースなどは頼みません!(-_-;))
お味は・・・とってもマイルドな感じ、お年寄りにも大丈夫♪
でもお肉が鴨だったのには、ちょっと感動しました(*^^)v(牛肉・鶏肉のもあります)

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日光の市街には「いかにも避暑地!」と感じさせる建物も多いですね~
↑は真光教会、避暑地に集まる外国の方が礼拝するために建てられたようです。
古いだけでなく、石造りなのにどことなくかわいらしい建物です♪

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カーブばっかりの日光いろは坂を延々と車で登り・・・・
やってきましたのは、ハイあの超有名な場所です♪

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日光と言えば中禅寺湖、そして中禅寺湖といえばーーー華厳の滝!
日本三大名瀑にも挙げられる、非常に大きくて美しい姿です。
少々お天気が悪かったのがちょっと残念。

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エレベーターに乗って滝のすぐ横まで行けるのですが、正直しぶきがすごい!
身を乗り出すと濡れちゃいそうです。
ものすごい轟音を立てながら、この滝は一体何千年何万年(いや何千万年?)流れているのでしょうか・・・
そんなことを考えると、大きさもさることながら人間の人生など儚いもののように思われます。

あっ、あそこ!と横のご婦人が指さすところを見ると・・・

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なんとカモシカが、それも二頭!
福島の五色沼でぬぼっと出会って以来です・・・・・こちらのカモシカくんたちは
どうやらご家族でずっとこの辺りに住みついているようで(売店にお名前入りの写真あり)
我々人間のことなどまったく気にとめないようで、むしゃむしゃとお食事を楽しんでおられました。

夕暮れが近づいてきたので・・・・また車を少し走らせて・・・・

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はい、↑が今日お泊りすることになっているホテルであります。
実はこのホテルに泊まることが、今回の旅行の大きな目的でした。
以下詳細は次回!(*^_^*)
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by kyoncci | 2009-04-14 08:48 | 北関東の旅
豪華絢爛?日光の旅その1・東照宮に心底驚く
前回書きました通り、今回からの数回は栃木県日光の旅をお届けいたします。

関東にお住まいの方にとって日光というのは、とてもポピュラーな場所。
千葉に住む私の息子二人も小学校の修学旅行はどちらも日光でした。
(ということは、関西人にとっての「お伊勢さん」に当たるのかなぁ・・・・?)
ところが、私は前回日光へ行ったのが6歳のときなんですよ~
でっかい滝を見た、くらいの印象しかありません(笑)
さてはて44年ぶりのおばさんの日光珍道中?UPさせていただきます。

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なぜ突然日光へ行こうということになったと申しますと・・・・
まぁ前からテレビの東武鉄道のCMを見ながら主人と二人、「そういえば日光って行ってないよね」などと話はしていたんですよ。
ようやく次男が地獄の?大学受験から解放され(笑)じゃみんなでどこかへ行こうか?ということになり
4月1日が入学式で6日から授業が始まる、ということでその間の土日(4日5日)を使うことになったので、そんなに遠くへは行けない・・・・じゃ日光にでも、というかなり軽い気持ちでした。

郡山に居る主人は車で・・・・そして息子と私は北千住から東武鉄道で。
↑の写真は東武日光駅の上の道路から、主人が撮ったものです。

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駅から約5分、こんもりとした大きなお山ひとつが目指す日光東照宮でした。
のっけから度肝を抜く真っ赤な五重塔・・・・・\(◎o◎)/こんなの京都でも奈良でも見たこと無い・・・
(なお、今回の写真はすべて600×400の小サイズにしました。
どの写真も単なる観光写真に過ぎませんので)

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うわぁぁぁ・・・・(;一_一)それなりにすごいということはよく解りますが・・・・・
どんな感じ?と言われると、「まるで仏壇の中に入り込んだアリのような気分」としか言いようがありません。

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東照宮が他のお寺と決定的に違うのは、その異常なまでにゴテゴテと装飾された極彩色の彫刻群でしょう・・・
かなり色が褪せてもこの状態ですから、完成したころはものすごいことになっていたと想像出来ます。
ーーーーだから徳川家康はわび・さびの精神がわかんない田舎者だから嫌いなんだよ、とおっしゃる方もいらっしゃることでしょう。私も見た瞬間はそう思ったんですよね。
でもネットで調べてみると、当初はもっと簡素なお寺だったみたいです。
このすさまじい(笑)状態にしたのは、三代将軍家光。1636年のことだったそうです。

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有名な「見ざる・聞かざる・言わざる」
小さいころからよくないものは見ない(見せない)・聞かない(聞かさない)・言わない、という超儒教的な教えを説いている・・・・のだそうですが、正直現代の教育とはあまりに乖離していてピンときません。

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「戦国の世」を平和な世に変えた徳川家康を「神」として称え、中国の神獣がそれを祝う・・・という趣向なのだそうですが・・・・
なるほど~東武鉄道のスペーシア(日光・鬼怒川までの特急)の広告に出てくる、よくわからん動物はコレだったのかぁ(-_-;)

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このサイトによると

期間は約1,5年で要した人数は建築関連で約450万人、細工装飾で200万人が総掛かりで仕上げたと言う。総工費はざっと60万両といわれるが、大工の日当を現在価値に換算すると2000億円といわれる。当時の日本のGNPの2,6%だったという説からみると今でいえば約2兆円だが、お金をつぎこんでもできる人がいないので現在では到底つくれないだろう。

とのこと・・・呆気にとられてしまいますよね、そんなにたくさんお金があったら、他に色々やることがあったでしょうに(笑)

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一体東照宮には何体の彫刻があるのか?ということを実際に調べた人が居るそうです(ヒマだ・・・)
東照宮の神職の高藤さんという方で、彫刻の総数東照宮全体で5172体だそうで、一番多い建物は本殿で1439体、ふたつ↑の陽明門には508体あるといいいます。(ほとんどが獅子でしょうけど)
はじめから作れるひとは居ないでしょうけど、現在大修理中です。
一旦金箔をそぎ落としてから塗り直すんですね・・・・

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そして↑が日光東照宮の中枢、徳川家康のお墓であります。
ちゃんと中まで入れます。
あー秀吉さんは安らかに寝てたお墓から掘り出されて、徳川によって「屈葬」というその当時一般庶民のしていたやりかたで埋め戻されるーーーという悲惨な目に遭わされたのに(私は秀吉さんは嫌いですが、なんでそこまで・・・とは思います)。よっぽど嫌いだったのか、隠れた豊臣ファン?が怖かったのか?
一般的に日本人は自分が滅ぼした王や王族に対してはねんごろに弔う傾向が強いと思うのですが、そういう点でも徳川家というのは異質なひとたちだったのでしょうねぇ。

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今までかなりめちゃくちゃ東照宮について言ってしまったのですが・・・・(>_<)
やっぱりすごい場所であることは確かだと思います。
装飾過美、という点についてもロダンの「地獄の門(上野にレプリカ有り)」みたいだーーーと納得して見ればそれなりに美しいと思いますし、グロテスクというのも立派な様式ですからね♪
ただ、東照宮をめちゃくちゃにこき下ろしたドイツの建築家・ブルーノ・タウトさんの気持ちはよくわかりますねぇ(笑)

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重い写真ばっかりだったので、最後に一枚軽いものを。
東照宮前でご自分の作った笛を売るおじさん↑です。
私も買わせていただきました。
おじさん手作りの笛は、軽やかな優しい音色でした(*^_^*)

次回はあの滝、とそれからなぜ日光に来たのかその理由その2です(笑)
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by kyoncci | 2009-04-12 10:38 | 北関東の旅
京成バラ園その3
京成バラ園・新宿御苑・小石川後楽園の春の花をぐるぐるUPしてきましたが、とうとう最後になります。
今回は京成バラ園の「春の小花」です。

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園内をぐるっと回ると桜のピンクも目につきますが、黄色い花があちこちに・・・・
これはなーに?と近づくとヒュウガミズキでした。

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すごく似ている花に↑のトサミズキがありますね♪こちらもちゃんと咲いていました。
私はどちらも大好きなお花ですが、調べてみると面白いんですよ。
トサミズキは大型の大木にもなる花で、ちゃんと土佐(高知県)にも自生しているそうですが、
ヒュウガミズキは小型の低木で、鉢植えにも出来る品種で、なんと日向(宮崎県)には自生していないんだそうです!\(◎o◎)/!

ヒュウガミズキの自生地は、石川県~兵庫県にかけての、日本海側地域だけで、日向守だった明智光秀の所領に多かったために付いた名だというんですよ~
ビックリです、まったく知りませんでした。

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トサミズキにとまるアブくん。そろそろ昆虫たちの活動も活発になりますよね♪

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↑はクロモジの花です。
木は知っていましたが、お花がこんなに可愛いとは知りませんでしたよ~

ここまでが「黄色の花」つぎは・・・

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「紫・白の花」の部です。
トップバッターはこの季節どこにでも見られるムラサキナバナ、別名「諸葛采(ショカッサイ)」
または「大根の花」鎌倉ではみんなこう呼んでいましたが(-_-;)
この花はひとりでもきれいですが、写真の背景とか添え物に使うのにも適しています。

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キブシとのコラボで(笑)

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イチリンソウも咲いてました♪

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ユキワリソウも~ちょっと来るのが遅かった!
今回は残り物をだだーっとUPしてしまいました(笑)

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ナバナの向こうで「たっち」の練習をする母子。
春はまっさかり、ほのぼのしてますね~♪

次回からは冬に戻って?日光へ家族旅行したときのものをUPいたします。
みなさんのブログは春らんまん、ですがうちだけは寒風が吹きすさんでます~(-_-;)
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by kyoncci | 2009-04-10 09:42 | 千葉ご近所を歩く
春爛漫小石川後楽園その2
前回はカワセミ君で締めくくった、小石川後楽園ですが
みなさんびっくりされたのは恐らくこの庭園が東京の街中にあるから、だと思います。
本当に東西南北、どちらを向いても高いビルに囲まれています・・・・

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午後の陽ざしを浴びた満開の桜が、まるでレースのカーテンのよう(*^_^*)

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この庭園の桜は幹が太くて立派です・・・さすが水戸黄門さまが作られた庭園。
1629年完成、ということは400年近く経ってるわけですからね。

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「後楽」の由来は「岳陽楼記」の中の一節「天下の憂いに先じて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」だそうですが、さすが名君の誉れ高い光圀公。今の政治家たちに聞かせてやりたいお言葉ですよね~
天下の憂いに遅れて憂い、天下の楽しみに先じて楽しむ」ひとたちばっかりのような気がします(>_<)

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お池のそばで鯉にえさをやる外国人の少女。
しかし、鯉たちの食欲ってものすごいですね~見ていて怖いくらいです。
この庭園は外国の方もたくさんいらっしゃいますが、みなさん鯉がお好きですよ(日本人以上じゃないでしょうか?)私なんぞは錦鯉ならいざ知らず、こういう真っ黒で大きいのを見るとちょっと怖かったりするのですが、彼らは興味深々・・・・という感じで魚たちと戯れて?いらっしゃいますよね♪

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ヘルパーさんにお花見に連れてきてもらったのでしょうか?
枝垂れ桜にお鼻をくっつけて・・・・春の香りがするのかな。

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そしてそれを撮るテレビカメラ。
↑のヘルパーさんがとっても良い方で、見ていると車いすの女性が全幅の信頼を寄せているのがわかります。私の母もときどきこうやってお散歩に連れて行ってもらっているので、こういうシーンを見ると心の中で「いつもありがとうございます、と感謝しております。

小石川後楽園はこれでおしまいです。
次回は・・・・(*^_^*)京成バラ園の小さいお花をUPいたします♪
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by kyoncci | 2009-04-08 22:57 | 東京の庭園


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